佐藤幸治の隣室に住むのは、透き通るような肌の若妻・田山美嘉。挨拶を交わすだけだった二人の関係は、夫の不在と一本の缶チューハイをきっかけに、狂おしい背徳の底へと加速していく。清楚な仮面を脱ぎ捨て、幸治の猛りに生身での挿入を懇願する美嘉。一度触れ合えば、もう普通の日常には戻れない。嫉妬と独占欲に狂う幸治と、すべてを捨てて愛に溺れる美嘉。真夏の陽光が照らし出す、あまりに濃厚で破滅的な略奪愛の結末とは――。
総字数 約42,000字
〈冒頭3,500字〉
四月下旬の朝は、晩春の柔らかな陽光に満ちていた。
世間ではそろそろゴールデンウィークの予定が話題に上る頃だ。中堅メーカーに勤める三十二歳の独身男、佐藤幸治にとって、それは単なる連休以上の意味を持たなかったが、今朝の空気だけはどこか落ち着かない甘さを孕んでいた。
「あ、おはようございます、佐藤さん」
マンションの自室を出たところで、隣室の若妻、田山美嘉と鉢合わせた。二十代後半の彼女は、透き通るような白い肌と、どこか幼さの残る顔立ちが印象的な専業主婦だ。普段は会えば会釈を交わす程度の仲だが、今朝の彼女はいつも以上に無防備だった。
「あ……おはようございます、田山さん」
幸治が挨拶を返した瞬間、心臓が跳ねた。
美嘉はゴミ出しにでも行くつもりだったのか、オーバーサイズの薄いVネックTシャツを一枚、素肌に引っかけたような格好をしていた。彼女が丁寧にお辞儀をした瞬間、ゆったりとした襟ぐりが重力に従って大きく前へ垂れ下がる。
(――っ!)
幸治の視線は、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、その隙間へと吸い込まれた。
V字の奥には、清楚なラベンダー色のレースに縁取られた、豊潤な胸の膨らみが隠されていた。ブラジャーに押し上げられた肉感的な谷間。朝の光を浴びて、その肌は陶器のように滑らかで、しっとりとした質感まで伝わってくるようだった。
数秒だったのか、それともコンマ数秒の出来事だったのか。
幸治が目を逸らすのが一歩遅れた。美嘉が顔を上げた時、幸治の視線が自分の胸元に注がれていることに気づいたような、微かな動揺がその瞳に走った。彼女は反射的に首元を片手で押さえ、頬をわずかに朱に染めた。
「あ、ええと……それじゃ、僕はこれで!」
喉の奥がカラカラに乾くのを感じながら、幸治は逃げるようにエレベーターへと駆け込んだ。閉まりゆく扉の隙間から見えた彼女の、困惑とも羞恥ともつかない表情が、脳裏に焼き付いて離れない。
「なんてことを……」
満員電車に揺られながらも、幸治の頭の中はあの谷間の残像で一杯だった。男としての本能が呼び起こした高揚感と、それ以上に「変質者だと思われたのではないか」という卑屈な恐怖が交互に押し寄せる。仕事中も書類の文字が滑り、会議の内容も頭に入ってこない。一日中、隣室の彼女の顔をどう直視すればいいのか、そのことばかりを自問自答していた。
ようやく長い一日が終わり、日が落ちたマンションの入り口まで辿り着いた時だ。
街灯の下に、見覚えのある細い背中があった。美嘉だ。
彼女は自転車のハンドルを握り、重そうに車体を引きずりながら歩いていた。前後のカゴには溢れんばかりの買い物袋が詰め込まれており、その重みで自転車は今にも左右に倒れそうだ。
(話しかけるべきか、それとも……)
朝の失態が頭をよぎり、足がすくむ。しかし、ここで知らんぷりをするのはあまりに不自然だし、何より彼女を助けることで「誠実な隣人」としてのポイントを稼位、朝の汚名を返上したいという打算が働いた。
「あの、田山さん。よかったら僕が引きましょうか?」
思い切って声をかけると、美嘉は驚いたように顔を上げた。
「あ、佐藤さん。ありがとうございます……。ちょっと特売で買い込みすぎちゃって。わたし、昔から運動神経が悪くて。これだけ荷物を載せて運転すると、もうよたよたしちゃって、危なっかしいんですよね」
美嘉は困ったように微笑んだ。朝の気まずさを引きずっている様子はなく、むしろ助け船に心底ほっとしているように見える。幸治は彼女からハンドルを受け取った。ずっしりとした重みが腕に伝わる。
「すごい量ですね。一人でこれを運ぶのは大変だ」
「そうなんです。ついまとめて買っちゃおうって欲張っちゃって」
並んで歩きながら、とりとめもない世間話をした。彼女の夫が不在であるという情報は、幸治の胸の奥で小さな火種を灯した。マンションのロビーを抜け、エレベーターに乗り込む。密室の中、彼女から漂うフローラルな柔軟剤の香りと、昼間の熱を帯びた女の体温が混ざり合い、幸治の理性をじわじわと侵食していく。
彼女の部屋の前まで荷物を運び入れると、美嘉は深々とお辞儀をした。
「本当に、助かりました。佐藤さんがいなかったら、途中で心が折れてたかもしれません」
「いえ、お隣さんですから。これくらいは」
爽やかな隣人を演じ切り、幸治はやれやれと自分の部屋へ戻った。
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